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Author:久坂夕爾
第一詩集「口ずさむ孤島」を出版しました。 (リンクページから購入できます。)
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| 日塔貞子「老いた山羊」 |
あら草のなかに坐って 老いた山羊は 遠い山羊の啼声に応えようともしない ものうげに頭をめぐらして 新雪の来た山の上の青空を静かに見ている
柔和なものにはすべてが哀しい 真白な毛なみに晩秋の陽は弱々しくふくらみ 抗らいもなく生きて来た小さな眼は しょぼしょぼと瞬くときにそれを語った
繋がれたうなじに手をおいても 脈うつ野生の覇気はつたわらない おき火の滅えるように冷めていったものが 動物のぬくみとなって残っているばかり
豆の莢のぱちぱちと弾ぜる日向に佇って 老いた山羊への親しみは故もないのに さしのべた手に頬をよせると 冬も近いと訴えるように切なく啼いた
日塔貞子詩集「私の墓は」桜桃花会
作者は、生きていく事、生活していく事の「重さ」を詩の中で何度も書いている。 そして、「聡明な明日のためには/優しい忘却があるばかり(「私のうたは」より)」 だ、とも書いている。 この、「優しい忘却」の「優しい」は、結構気になる言葉。 というのは、作者の人生を重ねると、決して「優しい」などといえる代物 ではないのではないかと。。。。
老いた山羊への親しみ。冷めていくおき火。 「優しい」のありかを、この詩に少しだけ見つけた気がしている。
なお、作者の生涯については、 安達徹「雪に燃える花?詩人日塔貞子の生涯?」桜桃花会 が出版されています。 また、夫の日塔聡も詩人。
*****
若くして亡くなった詩人について書くことが、なんだか難しくなってきました。 筆が重くなります。 年を重ねすぎたのでしょうか。
でもまだ、久坂葉子や氷見敦子についても書きたいんですよね。。。。
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(2010/08/27(金) 21:03) |
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| 立原道造記念館 |
立原道造記念館が9月下旬で休館するよう。
最近は行ってないが、以前よく行ったことを思い出しました。
東大弥生門の目の前で、 上野不忍池から長い坂道を登りきる手前にあって、 少し息が上がった頃に着く。
所蔵品の移転先は長野県上田の無言館で、 ここも、私はなつかしく思い出す。 本館である「信濃デッサン館」は高校生の頃一度行った場所。 館主は窪島誠一郎。(作家水上勉の息子) 確か、なす畑の間を上った山の上にあって、 見下した近辺の山の色、空の色、雲の色。 今見ているように思いだす。 なすも。なすの細い枝ぶりも。
臆病な腕の隣に夏の雲
立原道造記念館
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(2010/08/03(火) 23:15) |
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| 引越 |
いよいよ、財政破綻が間近(私の。) というわけで、急遽家賃の安い郊外へ引越し。 アブナイです。
まさか就職活動が1年に及ぶとは。。。。
ただ、ネットでいろいろ調べてみると、たくさんいますね。 同輩が。それも、結構キャリアの高いと思われる人も。 中高年の雇用機会が著しく低い、というのは、本当だったんですねえ。経験しないとわからなかった。。
でも、みんな、一体社会のどこにいるんでしょう?
J・R・R・トールキン 「指輪物語」評論社文庫 何度読んでも面白い。映画も。 畠中恵 「とっても不幸な幸運」双葉文庫 松永伍一 「日本の子守歌 民俗学的アプローチ」角川文庫
池田晶子 「暮らしの哲学」 毎日新聞社 それにしても、哲学を専門にしている方だからでしょうか、定義もしくは思考が先行して、 私には「勇み足」に感じる事が時々あります。 数百年数千年にわたる人間の情動とそれがもたらす感情を振り切って、 取りこぼしていってしまうように思うことが。 元旦も1年のうちのただの1日だと、元旦における人々の感懐を蹴っ飛ばしてしまうところなどは、 その感が強い。 私はそうはいかないなあ。 暦の成立やら、それに伴う人々の風習の変遷やら地域毎の特徴やら、想像すると、そうはいかないなあ。
面白いんですけどね。 暮らしの中にある物事を「考える」、という姿勢は、全体的な内容でも著者への親近感も非常に湧くのですが、 この方はどうも頑固なのかな。という印象。
更科源蔵 「北海道の旅」新潮文庫 読んでいて気持ちのいい文章です。いつか北海道に旅行する前に、また読みたいと思わせる。
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(2010/07/12(月) 21:28) |
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| 「私のためにこの世界も社会もある」 |
現代人の最大の誤謬は、口先では自由、個人の尊重、自己責任などという言葉をもてあそびつつも、 その実人生においては、誰もが単なる臆病さゆえに国家のために生き、組織のために生き、家族のために生きてしまっているということである。 法や正義も含めて、この社会のルールも仕組みもすべては、私が私として生きるために便宜的にそなわっているものにすぎない。そうしたものは、私たちの人生にとってそれほど本質的でもないし、実際は些細で取るに足らないものなのである。 (中略) しかし、私が私の人生を生きるということは、(中略)、私という心を私がいかに生きるかということにこそ重点が置かれるべきなのである。 (中略) 世界や社会のために私があるのではなく、私のためにこの世界も社会もある。
白石一文「草にすわる」光文社文庫 あとがきより抜粋
一昨年、白石一文の著書「一瞬の光」を読んだあとの感想はいささか複雑だった。たまたま、職場の同僚に最近読んだ本の感想を聞かれた時が丁度この小説を読んでいる時で、「面白いのか面白くないのか良く分からない」と同僚には答えた。変な答えだと我ながら思いながら。 その「変な答え」になってしまった理由はうまく説明できないままだったが、たまたま今回、著者の「草にすわる」を読み終わって、ようやくわかったように思う。 指向性は似ているのだが、「個」に対するイメージとか切り口が異なっているのだ。 似ている部分で面白いと思い、異なっている部分で違和感を感じていたのだ、きっと。
先日載せた私の草稿での「意思だけが正当である/君の困難も私の困難も実は意味を成してはいないのだ」という主題などは、このあとがきに書かれた白石一文の文章とシンクロしていて、読んでいて非常によくわかる。 だが、「世界や社会」と「私」の関係性についてのイメージと係わり方が私とは異なっているように思う。 「私」という体の外側を覆っている「皮膚」のように捉えているのか、「私」内部のたとえば血液型のような属性として捉えているのか、ここらあたりをもっと掘り下げてみたいと考えている。
小説に出てくる人物が、キャリアの高いビジネスマンが多く、私にはそこが抵抗感のあるところでもあるのだけれど、それにも拘わらず、白石一文という作家に関する興味は大きくなっている。 この作品集のなかでは「草にすわる」が面白い。八木重吉の詩「草にすわる」が題名の元となっている。
神吉拓郎「曲り角」文春文庫 朱川湊人「花まんま」文春文庫 保坂和志「この人の閾」新潮文庫 「日塔聡詩集」 新・日本現代詩文庫66 土曜美術社出版販売 安達徹「雪に燃える花 詩人日塔貞子の生涯」 寒河江印刷「桜桃花会」
日塔聡、日塔貞子についてはまた日を改めて書いてみたいと思います。 神吉、朱川作品は、私にはあきらかに合いませんでした。
***
人ひとり時雨るるなかにおさまらず
帰ろうかすぐに帰ろうか灯油匂う
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(2010/04/02(金) 00:48) |
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| なお信じたくなろうこと |
俳句誌「炎環」会員はやめることにしました 加藤楸邨は好きなので入ってみたのですが。。。。。
口ごもる皿に一尾の鰹かな
万緑やなほ信じたくならうこと
戦終はりこんだてのやうな顔ならぶ
捉われてテレビ紫陽花弁当屋
親、女、子、放り捨てて待つ台風 (類句があったかも。。)
ナイロンのこすれる朝とは呼べない朝
積み木積むやうな俳句ばかりなり
臆病な手のすぐ先に過去未来
梨むきて何するとなく夜は更けり
やっぱり、 季語を「置きに」いくくらいなら、季語を使わないほうがいいですね。 主題は「季節」ではないので。 また、「季節」は添え物でもないので。
「置きにいく」という感覚は、物を作る人だったらわかってもらえると思うけれど。。
今はただ、もうちょっと 作ることだけを楽しんで俳句を作りたいかな。 そういいながら、私は怠け者なので、 お尻叩かれないと怠けるんでよすねえ(^^ゞ。
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(2010/03/21(日) 05:21) |
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| 意思だけが正当である |
1年経っても、まだ完成しない詩の草稿
私は、まだ、20年前に自殺した私の親友のことにこだわっている そして、そのことをずっと詩にしたいと思いながら、 未だに納得できる詩にできていない。 恥ずかしいことである。いかに私が現実に流されて生きていることか。
「意志だけが正当である」(久坂夕爾)
なあ、井上 俺達の生きてきたこの世の中は 実は とんでもないシロモノだったんだぜ
ひとりの人間が実感できるあらゆる事柄も あろうことが どのテレビのチャンネルでも 流してはくれないな つるつるときれいな感動ばかりで
一円玉と五円玉をかき集めて 時々たばこを買いに行った
授業をさぼって 一緒にビートルズを歌っていた
小さなことを両手いっぱいに抱えて 校庭を走り回った
君の困難も私の困難も 実は意味を成してはいなかったんだよ
いつだったか得意げに語った 「意志だけが正当である」 などという 笑ってしまうような警句しか 私は持ち合わせていなかった
だからお前より二十年も生きのびてきたのか
***
言ってくれ もう一度 君はキチガイだと
そうすれば私は また胸を張って歩いていける
月をきれいに磨いて (車でも洗うように) ベランダに花を植え 顏を丸く整え つるつるときれいな涙みたいな風を流した
その苦しみを 今 私自身が最も理解したくないのだ
***
手足を残して 人はなぜ死ぬのか せつない質量を残して 人はなぜ死ぬのか
遺言執行人はもう現れない
私はただの 墓掘り人夫だったのだ 眠ることもできない 起きていることさえ
自分の墓を毎日のように 掘りつづけている 紙のような軽さを装って 何もかも気付かないふりをして
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(2010/03/18(木) 05:29) |
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| 清水哲男「美しい五月」 |
唄が火に包まれる 楽器の浅い水が揺れる 頬と帽子をかすめて飛ぶ ナイフのような希望を捨てて 私は何処へ歩こうか 記憶の石英を剥すために 握った果実は投げなければ たった一人を呼び返すために 声の刺青は消さなければ
私はあきらめる 光の中の出合いを 私はあきらめる かがみこむほどの愛を 私はあきらめる そして五月を。
清水哲男詩集「喝采 水の上衣」深夜叢書社
「何処へ」という詩句をしきりに書いていた時期があった 久しぶりに詩を書く気になり また、久しぶりに詩を読む気になり 清水哲男さんの詩集を開いた そして、思い出したのだ
私にも 「唄が火に包まれる」時期があった 「何処へ」と自分に問うたのはきっとそんな頃だ
握っているものは果実だと、 火に包まれているのは唄だと、 あきらめるのはかがみこむような愛だと、 不用心に信じる程、今の私はもう若くないが、 この詩に感じる鮮烈な若さは、 間違いなく私のなかにもある(あるいはあった)。
「ナイフのような希望を捨てて」 なんて カッコイイですが、 このカッコ良さと愚かさと滑稽さを、 多分清水哲男という詩人は分かっているように思うのです。
 3年目の沈丁花 ここまで大きく無事に育ってくれました。 これから、うちのベランダは、 桃、ニオイバンマツリ、うつぎ、くちなしと賑やかになります。 うれしい。
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(2010/03/18(木) 04:55) |
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| 吉原幸子「無題(ナンセンス)」 |
風 吹いてゐる 木 立ってゐる ああ こんなよる 立ってゐるのね 木
風 吹いてゐる 木 立ってゐる 音がする
よふけの ひとりの 浴室の せっけんの泡 かにみたいに吐きだす にがいあそび ぬるいお湯
なめくぢ 匐ってゐる 浴室の ぬれたタイルを ああ こんなよる 匐ってゐるのね なめくぢ おまへに塩をかけてやる するとおまへは ゐなくなるくせに そこにゐる
おそろしさとは ゐることかしら ゐないことかしら
また 春がきて また 風が 吹いてゐるのに
わたしはなめくぢの塩づけ わたしはゐない どこにもゐない
わたしはきっと せっけんの泡に埋もれて 流れてしまったの
ああ こんなよる
大岡信編「現代詩の観賞101」新書館
今日は、職業訓練校の見学をした後、 近くにある王子の飛鳥山公園を散歩した。 20年前、初めて上京して住んだのも、この近くだった。
生活の糧を得るためにバタバタすること自体はさして問題ではない。 以前にも書いたが、コンサルタントやら企業やらの、 小賢しさこそに最近はうんざりしている。 仕事が忙しく、ゆっくり本も読めない頃、 「俺はいったい何をやってんだろうなあ」と思っていた。 飛鳥山公園で、20年前にきれいだなあと見上げたさとざくらの下で、 「俺はいったい何をやってんだろうなあ」と、やっぱり思う。
世界が分断されていることに、 改めて気づかされてしまったのだ。
目の前の木。ゴツゴツした枝ぶり。ところどころしわの寄った葉。 太い幹。 これこそが世界のすべてではないのか。
そんなことを俳句帳に書きつけていた。
帰りは、以前住んでいた下宿を見ながら、 (まだ存在していた。もう築30年以上経つというのに。) 何か、頭の中をリセットしなければならないなあ、と感じていた。
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(2009/10/09(金) 22:11) |
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| 絶望と希望 |
生きるということは 鉛のような絶望99%と真綿のような希望1%がつりあっている状態
なんていうちょっと気の利いた風な言葉は誰の詩だったっけ? (知っている人はそっと教えてください)
******
この世のすべてを認めなくちゃならんということはとても辛いことだよ サルトルも三島由紀夫もおにゃん子クラブも その辛さはもう 絶望と等価だと言ってもいいくらいだ
これは、私が23歳の時に書いたエッセイの一部
すべてを承認すること ただし、すべてを肯定はしないこと
今でも続いてる私自身の命題のひとつかも知れない そして、私の絶望の根源かも知れない、とあらためて考えている
(絶望しているのではなく、 私が絶望する要素とは何か、と考えている)
*********
水飯(みずめし)やほどけさうな覚悟決め
残り米短夜(みじかよ)を眠る眠る
二合分ほどの米が、米びつで眠っている。 なんだか愉快だ。
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(2009/07/02(木) 02:43) |
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| 中島みゆき「狼になりたい」 |
夜明け間際の吉野屋では 化粧のはげかけたシティ・ガールと ベィビィ・フェイスの狼たち 肘をついて眠る
なんとかしようと思ってたのに こんな日に限って朝が早い 兄ィ、俺の分はやく作れよ そいつよりこっちのが先だぜ
買ったばかりのアロハは どしゃ降り雨で よれよれ まぁ いいさ この女の化粧も同じようなもんだ
狼になりたい 狼になりたい ただ一度
向かいの席のおやじ見苦しいね ひとりぼっちで見苦しいね ビールをくださいビールをください 胸がやける
あんたも朝から忙しいんだろ がんばって稼ぎなよ 昼間 俺たち会ったら お互いに「いらっしゃいませ」なんてな
人形みたいでもいいよな 笑えるやつはいいよな みんな、いいことしてやがんのにな いいことしてやがんのにな ビールはまだか
狼になりたい 狼になりたい ただ一度
俺のナナハンで行けるのは 町でも海でもどこでも ねぇ あんた 乗せてやろうか どこまでもどこまでもどこまでも
狼になりたい 狼になりたい ただ一度
狼になりたい 狼になりたい ただ一度
中島みゆき「親愛なるものへ」/ポニーキャニオン
****
それにしても、苦手ですねえ、就職活動(^^ゞ
今日は、履歴書と職務経歴書を持参して、 「キャリアカウンセリング」なるものをする。
今までどういった傾向でお仕事を?(そんなのどうだっていいじゃん) 最新の技術を習得するのはなかなか難しいですからねえ(値踏みされてるみたい。。) 社会人になってから大学行ったんですか、すごいですね(好きなことしたいだけです) 残業はあまりできないということですね?(好きなことしたいだけですなんて言えないよな) アルバイトでもいいんですか。。。はあ。。。(ごめんなさいとにかく食えればいいんですホントに) 。。。。。。。。。。。。
「キャリアカウンセリング」なるものを受けながら、 目の前にいる「コンサルタント」に、はたして本音を言える人が いったいどれくらいいるのだろうと考えていた。
みんな、わけのわからない現実やら社会やら会社やらに流し込まれて、 その「わけのわからなさ」に悩んだり、いらだったり、 言いたいことを言えなかったり、してるのかな。 私と同じように。
「キャリアカウンセリング」の後、飯田橋の駅前で、 ようやく喫煙所を探しあててたばこを吸い、 ほっとした私は、中島みゆきの歌を思い出していた。 号泣しそうだった。
狼になりたい そう思いながら、お互いに「いらっしゃいませ」なんて笑顔を作っているのかな、 皆。
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(2009/06/16(火) 01:07) |
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